少し前になりますが、ある週末。

友人と夫と3人で夕飯を食べ、まだ時間も早いのでうちで飲み直そうか~と自宅へ帰ると、自宅フラット下の地面に横になっている人が。
縦列駐車の車と車の間に、60代くらいの白髪の男性が横になり、隣にはその奥さんらしき女性。


初めは酔いつぶれたのかな…と思い横を通り過ぎようとするも、様子を見ているとどうもそうではなさそう。 
「Are you alright?」と話しかけると、奥さんが「主人が急に倒れちゃって…」と心配そう。
 
少し話を伺うと、ここから電車で1時間半ほどのケント州にお住まいで、先ほどまで元気だったのに急に倒れたと。
ご主人も顔色は悪いものの意識はあり、私たちの問いかけにもぽつぽつ答えられる。

このまま電車では帰れないので…と、通りがかったブラックキャブを捕まえるも、奥さんが自宅の住所を告げると乗車拒否。(遠すぎるからでしょうか)
ではミニキャブで…と、夫がいつも利用しているアプリでミニキャブを手配。


その間、ご主人をアスファルトから芝生の上へ抱え上げるようになんとか移動させ、自宅よりお水を手配。
ミニキャブを待ちながら、奥様は「こんなの主人らしくない、今まで病気一つしたことない丈夫な人なのに…(it's totallly not like him)」を繰り返される。


そうこうしていると、嘔吐。
今度は急いでタオルやティッシュを自宅へ取りに戻り、介抱しているうちにミニキャブが到着。

ただ、こうなってくるとミニキャブで帰るのも難しく、ドライバーさんに事情を話すと「救急車を呼んだ方がいい」とのアドバイスもあり、救急車を呼ぶことに。
わざわざ来てくれたミニキャブのドライバーさんは、キャンセルになったことには何も言わずに帰ってくれました。
親切な人でよかった。


ここで救急車(999)への第一報。この時21時12分
(なぜ正確に覚えているかというと、この後何度もこの時刻を確認することになるから。)



奥さんが事情を説明し、ピックアップの場所は夫が電話を代わり説明。
これでひとまず安心。
あとは救急隊員を待つだけ。


救急車を待つ間、顔色も先ほどより悪く青ざめたご主人が、「すまない、こんなの初めてなんだ…いつもはこんな風じゃないのに…」と言いながら、苦しそうにぽろぽろ涙を流され、思わず手をぎゅっと握りしめるとこちらまで何故か涙が出てきて、でも奥さんは「何言ってるの、大丈夫よ~、何も悪くないから、大丈夫よ~」とご主人を励ますので、私たちもただひたすら励ますこと数十分。


おかしい。救急車が来ない。
てっきり10分、遅くとも15分くらいで来るものだと思っていた救急車が、30分以上待っても来ない。

ここで奥さんが携帯電話を確認すると、救急より不在着信が。
介抱していたためか、電話を逃していたよう。

もしかすると、もうこの辺りまで来ていて場所がわからず辿りつけてないのかも…!と思い、それぞれフラット近くの大通りや近場に救急車の姿を捜すも見当たらず。
場所がわからず引き返しちゃったのかな…と一同落胆。
奥さん、再度999コール。救急車要請。


今度こそは…!という気持ちで、携帯電話に注意を払いつつ、友人は救急車を逃すまいと大通りで待機。
ひたすら救急車を待つも、来ない。

第一報から1時間以上が経過して、時刻は22時過ぎ
辺りもだんだん暗くなり、冷え込んでくる。
上のフラットの住人や、通りがかりの人も心配して声をかけてくれる。


するとここで奥さんの携帯に着信。
あと15~20分ほどで到着する、とのこと。

…よかった!!
すぐ来ると思っていた救急車が一向に来ないことに苛立ち、焦っていた気持ちがほっと和らぐ。
ずっと大通りで救急車を待ってくれている友人にもそのことを伝え、ご主人にもあと少しで救急車がくるよ~と励まし。

冷え込んできたので、再度自宅よりピクニックマットや、携帯の充電の切れかかった奥さんに携帯用簡易充電器などを持ってきて、もうあとひと踏ん張り。

フラットの上の階の住人も、「ちゃんと救急車呼んだの?」と何度もこちらの様子をうかがって心配してくれている。


どうやら奥さんは、ご主人の食中毒を疑っている模様。
今日一日同じものを食べていたのに主人だけ、というのは変だけどきっと、これは食中毒に違いない…と。

わたしは、食中毒って先に倒れるものだっけ…、倒れてから次に嘔吐っていうのはもっと深刻なのでは…と思ったけど、不安そうなご主人に「きっと食中毒よ、大丈夫よ」と繰り返す目の前の奥さんにそれ以上何も言えず。


電話を受けて15~20分で来るといった救急車が、30分たっても、40分たっても、来ない。

時刻は23時過ぎ
今回は救急車を逃すまいと、しっかり大通りや周辺の道路に目を見張っているし、携帯の着信にも気を配っている。
なのに、来ない。


しびれを切らした奥さんが、再度999にコールし事情を尋ねる。
しばらく会話を交わした後、奥さんが電話口で「来るって言ったから私たちは待っていたのに…なぜ来ないのにそういうことを言うの…It's unfair…」と会話しているのを横で聞き、どうやら救急車はこちらに向かっていないことを知る。


なぜ…??????


信じられない思いで、呆然と奥さんの電話の会話を聞く。
何度も繰り返し伝えてきた事情(急にご主人が倒れた、嘔吐があったなど)を再度話し、救急隊員の質問に答えている様子の奥さん。

おそらく、「意識はあるか?」、「脈はあるか?」などの事務的な質問に答えているんだろうけど、幸いご主人は少し落ち着きを取り戻してきて、全ての答えが「yes」。
一見、これだけを聞くと何の異常もないように聞こえてしまうのが少し気にかかった、けど事実なので仕方ない。。


救急車がもうすぐ到着するとわざわざ連絡をしておきながら、実はこちらに向かってもいなかった。
何故そういうことが起きているのか、私には想像もできないけど、通常だったらこういう信じられない状況で取り乱したり、声を荒げたりもしようものなのに、奥さんは驚くくらい冷静。

「とにかく、救急車をよこしてほしい。
命にかかわるような深刻な状況ではないかもしれない。でもきちんと診てほしい。」


奥さんが電話先で至って冷静に、落ち着いて要求するのを聞きながら、私たち3人も同じ気持ちだった。


電話を切った奥さんに、…どうだった?とおそるおそる尋ねると、
何分で到着してくれるのか、聞いても答えがない。救急車が向かっているかもわからない。と。


実はこれまでにも何度か、「救急車を待つより、タクシーを呼んで近くの救急病院に行った方が早いのでは?」と何度か提案してきている私たち。
再度その提案をするも、奥さんの答えはあくまで救急車を待ちたい、と。


なぜかたくなに、救急車を待ち続けるのか?
来るかどうかもわからないのに…。


イギリスの医療事情や救急事情を知らない私たち日本人3人。
もしかすると、お金も絡んでくる問題なのかもしれない…と思うと、これ以上理由を尋ねることもできず、ただ為す術もなく、ただ奥さんの言うとおり、来るかどうかもわからない救急車を待つことしかできない。


きっと、救急車は来ない。
確信に近いものがある。でも奥さんは待つという。

この時心にあったのは、怒りでも焦りでも悲しみでもなく、ただの絶望と無力感。

目の前の芝生でぐったり横になるご主人に、それ以上してあげられることは何もなく、奥さんに提案すべきこともわからない。
ただ、そこにいるだけ。



23時半
救急車要請の第一報をしてから、約2時間半。


ご主人の顔色が大分よくなり、家に帰りたいと言う。
それでもまだどこか、目はうつろで焦点が合わず、足腰も立たない。
大人3~4人がかりで肩や膝を支え、なんとか数歩移動できる程度。

きちんと病院に行って、検査だけでも受けよう、と奥さんが説得しようとするも、もう大丈夫だから、家に帰ろうと懇願するご主人。

そりゃそうだよな…、こんな寒くて暗い中、見知らぬ土地で2時間半も救急車待ってれば、家に帰りたくもなるよな…。


もうすぐ日付も変わろうかというころ、ついに奥さんが決心。
それは再度ミニキャブを呼んで、様子を見ながら自宅か、もしくは近くのホテルに移動しようというもの。


ご主人を抱えて移動させることもできず、かといってこのままこの場で救急車を待っていては風邪をひいてしまうと思っていたわたしたちもその案に賛成。
再び夫がミニキャブを手配。

その間、自宅のお手洗いを奥さんに案内し、そのときに言われた言葉。


「残念だけど、これがイギリスの医療事情なの。命に関わるような病気の時は世界トップクラスの手術が、この国では受けられる。でも、命に関わらない状況の時は…本当に残念に思う。この状況で、嘘をついて何が何でも今すぐ救急車をよこしてともいえない…そこは分かってね…」


悲しそうな目で、とても残念そうにおっしゃったその言葉が忘れられません。


0時過ぎ
もうすぐ手配したミニキャブが到着しようかというころ、遠くから救急車のサイレンが。
誰もが諦め、予測すらしていたなかった救急車が何の前触れもなく突如到着。
第一報から3時間


救急隊員の方たちはてきぱきと状況を把握し、すぐに担架でご主人を車内へ。
遅くなってごめん、というようなことを何度もおっしゃっていた。

その日はそのまま車内で検査が始まり、私たちはそこで別れを告げ解散。
どうか、きちんと検査を受けられますように、どうか深刻な状況ではありませんようにと願いながら、その場を片づけ撤収。



それから数日後、奥さんに渡していた連絡先にメールが。
幸いご主人は今とても元気で、あのときのお礼に自宅の食事へ招待したいとの嬉しい連絡。
「なぜああいうことになったのか、原因はわからないけど」という一文が気になったものの、きっと大丈夫。
本当によかった…!


その後、先にバスで帰宅した友人から、ハイドパーク周辺で事故があったようで渋滞や警察車両やらで道路が大混乱だったということを聞いた。

今回のことは、そういう事故が重なってたまたま起きたことだったのかもしれないし、緊急ではないので後回しという必要な判断だったのかもしれないし、もしかするとこれがイギリスの緊急医療の現状なのかもしれない。



ここで言いたいのは、これが噂に聞くイギリスの医療の現状か!けしからん!というものではなくて、その後何度もこの時のことを振り返って思うこと。



それは、何も為す術がなくただ呆然と救急車を待っていたあの時、誰か(例えばすぐ近くに住むイギリス人大家さん)に助けを求めるべきだったのではないか
できればもっと早い段階で。

ということ。

私たちのフラット=大家さんのフラットでもあるので、夜遅い時間だからとか、自宅にいるかどうかわからない、ということを考えず、まず真っ先に大家さんを頼るべきだったんじゃないか。

そうすれば、もっと今何をすべきか、どう動くべきかという的確なアドバイスや、あくまで救急車を待ちたいという奥さんへの説得ができたかもしれない…。


もしくは、食中毒を疑い控えめに救急車を要求している奥さんに、もっと深刻な場合である可能性を伝え(わたしは軽い脳梗塞や脳出血が頭によぎっていた)、多少状況を大げさでもいいから伝え、とにかく救急車を呼ぶように言うことができたんじゃないか…。

ということ。

今回は幸い何事もなく(?)、回復されたようだけどもしこれが本当に予想していたような事態だったら、わたしはこのとき何も言わなかったことをずっと後悔することになっていたと思うと、すごく恐い。


ご主人を不安にさせてはいけないと、ただただ励ましの言葉をかけ続け、無力感とともに来るかどうかわからない救急車を待ち、その場に座っていることだけしかできなかった。



もし、夫が倒れたら?
呼ぶべきものは救急車?それともタクシーで直接病院へ搬送?
まだ答えが出ない。


この国の医療事情が分からず、何もできなかったあのときの無力感。
呼んだらすぐ来るものだと思っていた救急車が来ないという絶望感。


まだ色々もやもやしていますが、このときの反省を忘れないように書き残しておこうと思い書きました。

元気なご主人に会えるのが楽しみ!

にほんブログ村 海外生活ブログ イギリス情報へ  にほんブログ村 海外生活ブログ 海外駐在妻へ